3人アルバム

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報道デスクで取材の陣頭指揮をする3人。ジャーナルな目線は3人とも異なっていたが、大事件が発生すると自然と3人は集まり、素早い報道に走った。

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ニュース構成、取材の指揮などはデスクの価値判断と周囲や上司の価値判断が一致しないと良いニュースは生まれない。3人はお互いの個性を尊重をしながら、それぞれが自己主張し、地域のジャーナリズムのあり方を模索していた。毎日毎日、悩みながら地域情報の発信を続けた。

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報道部はいつも活気と喧噪の空間だった。ジャーナリズムに対する3人の目線はそれぞれ異なっていたが3人はそれぞれの分野で仕事や社会を捉えていた。


出向先での3人

3人はこの後、次々と子会社へ出向を命じられた。 川越氏(KTS開発)、小笠原氏(KCR・CS九州)、米村氏(有線テレビ・フレンズFM)の3人は出向先でもKTSグループ発展の為にさまざま事業を展開し。業績を大きく伸ばした。

例えば川越氏はKTS開発で100頁を超える中期経営計画を策定し単年度の売上を13億円までに拡大。この売上額は未だ破られていない。川越氏は50歳代半ばで早期退職したが、退職後も若い記者やデレクターからドキュメンタリー番組の構成などについて助言を求められるケースが数年間続いた。

小笠原氏は、出向となった衛星放送「CS九州」の会社設立、開局の陣頭指揮をとり、九州の各テレビ局はじめ、上海テレビや中国衛星放送のドラゴンテレビ、韓国の衛星放送アリランテレビ等と、独自の人脈を生かした番組提携を実現させた。さらに在京キー局系衛星放送各社と連携し、110°CS放送の啓蒙や営業活動を全国で続けた。

米村氏は倒産寸前だったフレンズFMの経営を立て直した。フレンズFMは開局以来赤字が続き、1億2000万を超える累積損失を計上。債務超過寸前、つまりいつ倒産してもおかしくない状況だった。米村氏は出向してすぐに(わずか3か月後)ワンマンDJを実施するなど社内体制を大胆に改革。開局以来、初めて単年度黒字を創出した。加えて借入金も全額返済。単年度黒字はその後も続き、現在(2013年)まで9年連続の黒字経営となっている。経営が厳しいコミュニティFM局では極めて異例である。

当時を振り返って3人は本社勤務の時と同様、出向先でも常に前向きに仕事を捉え、チャレンジ精神を生かして、『どんな職場に配属されても仕事をもっと前へ!もっと大きく!けん引したつもりである。』と語っている。

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