ザビエル企画展開

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ザビエルの右腕・現在もローマのジエス教会に安置されている。この右腕を如何にして鹿児島に運ぶか?イタリア政府・カトリック教会など様々な機関や団体 との交渉が始まった。KTSは右腕をローマから鹿児島まで運ぶ過程の独占撮影権を取得。他社は全く手も足も出ない状況になった。

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ローマのイエズス会本部の古文書館でザビエルが日本から出した手紙などを取材。カメラは現地外人スタッフ。3日間にわたって古文書の撮影が続いた。薩摩人ベルナルドやヤジロウの記録も見つかり、多くの雑誌や新聞などで発表する貴重な取材に発展した。

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ラテン語や古いスペイン語などで書かれた文書を解読する神父。神父が解読した文書を女性が通訳するという2段階通訳。中央の女性はローマ大学に留学中の日本人で的確な通訳やコーディネートをつとめてくれた。

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バチカン宮殿で撮影するスタッフ

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「バスクの熱き魂」の企画書 英文でも作成し、テレビフランス1(TF1)、スペイン国営放送、ポルトガル国営放送が制作協力。

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企画書裏面に書かれたKTSの会社概要(OUTLINE ON KTS)とテレビフランス(TF1)、スペイン国営放送、ポルトガル国営放送の文字。制作協力を得るまで2か月を要した。

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TF1の社屋前で同行したコウディネーター七枝氏

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TF1の対応していただいたの日本人女性(アジア担当)だった。

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ポルトガル国営放送のライブラリー室で同社の資料映像を見せていただいた。

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ポルトガル国営放送のスタッフと取材打合せ

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ポルトガル国営放送のアジア担当役員。写真左の七枝氏の手には番組の企画書が・・・

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リスボンのジエロモニス修道院前で。ザビエルは日本に向かう前ここで生活していた。

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スペイン北部のパンプローナにあるザビエル城

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ザビエル城を管理する神父

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ザビエル城に入るKTS取材班・

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ザビエル城の内部撮影を終え、記念撮影するスタッフ。

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インド西部のゴアで取材。ゴアはかつて東洋のローマと呼ばれ、東洋布教の拠点都市だった。ザビエルも日本上陸の前はここで生活していた。

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マラッカの丘の上の聖母教会跡。ここにもザビエルは立ち寄り布教を続けた。

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スペイン大使館で打合せ後記念撮影。鹿児島スペイン協会の設立、スペインツアーの実施などの事業に協力を確約。 右から二人目が当時のスペイン大使。

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KTS主催のザビエルツアーに参加したメンバー。このツアーを同行取材。

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・リスボンの北400キロにある中世都市コインブラ。日本名不明で洗礼名ベルナルド(薩摩人)はローマ法王に謁見した後、ここで晩年を過ごす。

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薩摩人ベルナルドこの教会の地下で今も眠っている。右側男性は尾辻正見氏(当時KTS開発社長)

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KTSを訪れたスペイン大使夫妻(前列左と右)

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